何もなかった場所が集合場所になる

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SHUNSUKE
MORIGUCHI
守口 駿介株式会社マニアコーポレーション 代表

守口 駿介 - SHUNSUKE MORIGUCHI 守口 駿介 - SHUNSUKE MORIGUCHI

何もなかった場所が集合場所になる

まずは自己紹介をお願いします。

株式会社マニアコーポレーション 代表

大学在学中、焼肉屋のアルバイトを通して飲食店の魅力にはまり、カフェ開業を志すように。
かつて原宿にあったカフェ「ease」や本郷の老舗バーガー店「FIRE HOUSE」でアルバイトを掛け持ちながら独立準備を行う。24歳で白金にバーガーショップ「BURGER MANIA」を独立オープン。広尾や恵比寿に店舗を拡大した後、2015年にサンドイッチショップ「DAY & NIGHT」、2020年にサラダカフェ「HAPPY HOUR」、2024年にコーヒーショップ「SUHO」をオープン。

LDFSで働こうと思ったきっかけは?

カフェをオープンしたいと思った時に、せっかくなら思いっきりお洒落なところで修行しようと、原宿や表参道を歩き回っていました。ある日、原宿の明治通り沿いにある京セラビルを見つけて地下を除いてみると、
一軒キラキラ輝く店が目にとまりました。中には入りませんでしたが、スタッフ募集の張り紙を見つけ、応募したのが始まりです。そのお店が、アツシさんが最初に独立オープンしたカフェ「ease」だったんです。
当時アツシさんは25歳で、自分は20歳でした。

当時の一番の思い出は何ですか?

キッチンで働いていた時に、自分のパスタを楽しみに来てくれるお客さんが徐々に増えていったのが楽しかったです。オープンキッチンだったから会話もできて。実は、嫁さんと出会ったのも「ease」だったんです。
当時は本当にがむしゃらに働いていましたね。朝10時に入り、終電ギリギリまで。稼ぎたいし学びたいしで、休憩中も急いでまかないを頬張っては、また勤務につき、毎日本当によく働きました。

LDFSの魅力とは何だと思いますか?

なんと言っても、アツシさんが手掛けるメニューや世界観を直近で見られること。LDFSはアツシさんが全て。これほどにも人気店を作り上げていく様子をリアルに体験できるなんて恵まれたことはないと思います。

LDFSで学んだこと、身に付いたことは何ですか?

アツシさんは、一緒にいるだけで自然と成長できるというか、僕を引っ張り上げてくれる存在です。
たまに、旅行などにも連れてってもらうことがあるのですが、「これも見たい」「あれもしたい」「これも欲しい」といった熱量には圧倒されます。自分だったらそこまでできないと思うことにもチャレンジさせてもらい、視野がものすごく広がりました。

ものづくりにおけるこだわりも沢山学びました。
今の「THE GREAT BURGER」の前身となるハンバーガーメニューは「ease」で始まったんですが、
新しくバーガーを開発するとなったとき、アツシさんは小麦や酵母を一から勉強しながらトライして失敗してトライして。当時ずっと黄色い本(酵母の専門書)を読んでいた姿が目に焼き付いています。
そういうマニアックなところまで突き詰めるところがアツシさんの凄さ。あるものを買えば早いけど、アツシさんはそれをしないんです。
何にでも意味を持たせ、自分達でできる限りの手を加える。当時は会社の規模も小さかったからより鮮明に見えたのかもしれません。このマインドは僕自身しっかりと受け継いでいます。

開業までの経緯をお教えください。

とにかく休まず働いてお金を貯めました。LDFSでは週3しか枠がなかったので、歓迎会で連れていってもらったアツシさんの知り合いのハンバーガー店「FIRE HOUSE」も掛け持ちさせてもらいました。週3と週4で勉強しながらお金を貯めて約3年半。独立するために物件を探している時に仲良くさせて頂いているインテリアデザイナーさんに相談したら、事務所の近くのオリジン弁当が潰れたと情報をもらって。それが後に白金の1号店になりました。

ハンバーガーはどちらのお店でも提供していて、やっているうちにどんどんはまっていきました。
カフェっぽいハンバーガー屋はなかったからそういうお店を出したいと思い、NYが好きだったので、スタイリッシュで研ぎ澄まされた雰囲気をベースにお店を組み立てました。
ハンバーガーはどっちのお店も美味しかったですが、美味しかったからこそ、どうやったら自分にしかできないバーガーで差別化できるかを考えました。そこで、ハンバーガーの定番であるレリッシュと玉ねぎに頼らない、美味しいバーガーを生み出しました。

飲食ビジネスの面白さ、喜びについて教えてください。

僕的には、飲食店は空間を作ることだと思っています。いいお店ってなんだろうと考えた時に、
スタッフだったり、空間だったりトータル的にいい状態。美味しい料理はもちろんですが、働いている人も、お客さんも気持ち良く過ごせる空間を作りたい。
サンドイッチ屋を作り、サラダ屋を作り、今回新たにコーヒー屋を始めましたが、共通しているのは空間作り。元々カフェをやりたい理由が空間にあったことに途中から気づいたんです。

美味しいものを作ることはもちろん、全体を見て“いいお店だね”と言われるものを作りたいと思っています。きっとアツシさんもそうなのでは?当時「ease」でiPhoneもなかった時代に、「お客さんが電話の向こう側の相手に<今、easeだからおいでよ>って話しているのを見て感動した」とアツシさんが言っていたのを覚えています。僕らは、みんなの居場所を作っている。何もなかった場所が集合場所になる。そんな素敵なことってないですよね。

開業後に経験した苦労について聞かせてください。

常に苦労しています(笑)。広尾に2店舗目を出した時に東日本大震災がきて、外国の方も多かったのでお客さんが全員いなくなった時は本当にどうしようかと思いました。広尾は2階にあるにあるので認知されるのに時間がかかり、最初から集客には苦しんでいたので。人にはいつも苦しんでいますが、それでも楽しいこともいっぱいあります。スタッフ同士が結婚して子供を産んだりすると、店を出してよかったと思います。

今後の目標はありますか?

今、軽井沢の新店を準備中です。
初めての郊外。旧軽井沢にある「SAWAMURA」の横に「BURGER MANIA」を作ります。わりとビッグプロジェクトなので、まずはそれを成功させようと思っています。妹が軽井沢で働いていたり、自分の結婚式も軽井沢だったり。軽井沢にはよく行く機会があって、いつか出店できたらいいなと思っていたら、知り合いのお父さんがその物件を持っていて、たまたま空いたタイミングで声をかけていただきました。

※「BURGER MANIA」軽井沢店 2024年12月より営業中

あとは、「SUHO」もできたばかりなので、もっともっと強くしていきたいです。僕は大きく何かを広げるとかって気持ちはそこまでなくて、気持ちの良い空間を作り続けられたらいいなと日々思っています。

お気に入りの飲食店はどこですか?

「青果ミコト屋」。

やっていることにすごく共感していて、場所や空間含めて理想的なお店だと思っています。
八百屋なのにシェフがいて、自然栽培で作られた野菜を使ったまかないランチが食べられたりするんです。
日本には素晴らしい生産者さんたちがいる中で、それを買ってあげる人がいないと農家は次のチャレンジができない。それを実現しているのが「青果ミコト屋」。

例えば、廃棄されるはずだった規格外の青果をアイスにして売ることで付加価値をつけたり、震災の時にも積極的にチャリティーのイベントをやってたり、サステナブルとか流行りとかではなく、ずっと前からごく自然とやっていて。「SUHO」でこのアイスを取り扱うことを決めたのもこの姿勢に共感したからです。「SUHO」のアイスが売れれば売れるほど「青果ミコト屋」に還元できるし、その先の農家さんにも貢献できるので。

アツシさんはどんな人ですか?

愛情深い人。当時はめちゃくちゃ怒られましたし、厳しい面もたくさん教わりましたが、そんな厳しさも含めて愛情深いと思います。僕をより良くしようという気持ちが強いんだと思います。本当に感謝しています。
今年で41歳だからもう出会って20年以上になりますね。独立してからは先輩として色んなことを教えてくれました。今では、経営者仲間として一緒にご飯に行ったり、お兄ちゃん的存在です。

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